私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
山形に移住してから自分で映像を作っている。理由は映像を作る感覚、技術を維持するためである。自分の気に入った山形の風景を撮影して、編集して、音楽をつけてホームページで公開している。それから、自分が入居しているシェアオフィスでアルバイトしている学生と話をして、彼らが学んでいることに興味を持ち、短いドキュメンタリーを作っている。ある学生は陶芸を勉強しているので、大石田町の釜があるところで撮影した。そこで色々な人と話をした。大石田の土に惚れて移住してきたフランス人、大きな風呂釜を陶器で作っている人など。とても面白い体験だったが、一番印象的だったのは、その学生が自分がやりたいことをやろうとしていることだった。陶芸で生活していくことは大変だと思うが、本人は目の前のことを目一杯楽しんでいる感じがした。こんな若者は久しぶりである。