私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
「早くはじめる」で、早くから映像をたくさん見る、そして二次的三次次的思考が大事だと書いたが、同じような映像、よくない映像ばかりを見ていてもダメである。 よい映像とは? 自分(映像プロデューサー)にとってよい映像の定義があって、自分以外の共感を得ることができる映像だと思う。相対的によい映像は少ない。 私が連ドラが苦手なのは、自分にとって名作もあるが、映像のクオリティは映画に負ける。より多くの人に見せるために、ストーリーの流れがパターン化していることである。そして、多くの時間を取られることである。 Netflix も同じである。映像を単に楽しみたい人にとっていいかもしれないが、プロが見るには非効率だと思う。他にも見るべき映像がある。流行っているものはいろいろ勉強になるが、ほどほどにしたほうがいいと思う。 個人的には、スタイルや技術、特定のネタは飽きられるのは早いが、人間そのものを描いているものは、時間がたっても古くならない。 ミュージシャンの細野晴臣さんは、昔レコード(!)が高価だった頃、お気に入りの一枚のレコードを何度も聴き込んだという。よいものを何回も見て、法則を発見することは有意義である。 YouTubeの中にそんなに再生回数が多くない映像の中に、自分にとってよい映像が ある場合 が ある。みんなが知っている映像を参考にしてもあまり意味がない。