私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
今やりたいとは思わない。あまりにも報われなさすぎる。プロデューサーにとって、3つの関門がある。①企画を通す。②制作する。③ヒットする。②と③は、赤字の可能性がつきまとう。これらをクリアするには、実力以外に運も必要な困難な作業である。 製作側に問題がある。日本の興行を基準にすると、制作費の制約が大きい。また、デフレ先進国の日本なので、どんどん安く作る人がいる。テレビ局が作る映画の欠点の一つは、テーマや技術に革新さがないことである。技術はすぐに飽きられる。常に革新さが求められる。アメリカ映画が強い理由がここにある。