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山形日記/26.3.30 冬に使わなかったもの

 冬になる前に、寒さ、雪に期待して、いくつかの道具を買って備えていました。使わなかったものは、かんじき。ネットで安かったので買いましたが、山形市で、私の行動範囲でかんじきが必要な場所はほとんどありませんでした。スコップも雪かきに絶対必要なはずなのですが、私は車に乗らないので、アパートの空の駐車場でスコップを使うことはありませんでした。他にママさんダンプなど興味のある雪かき道具がホームセンターにあるのですが、買わなくて正解でした。最後に解氷スプレー。自転車が凍った時に有効だと聞いたのですが、外に置いていたにもかかあわらず、凍ることはありませんでした。ファットバイクと軽アイゼンもそんなに出番はありませんでした。しかし、ここ一番?の時には強力な武器になったので、買っておいてよかったと思っています。ファットバイクは凍った下り坂でブレーキを踏んだら、滑って思いきっり転んでしまいました。東京でも雪が降ったら、下り坂ではペダルを漕がずブレーキも踏まず、両足がいつでも地面につくようにして自然な流れに身をまかしていたのですが、すっかり忘れていました。山形市の中心部に住んでいる限り、車がなくても生活できると確信しました。

映画/長谷川和彦と東陽一

 70年代に傑作を作った二人の映画監督が相次いで亡くなった。長谷川和彦は2本しか監督していないが、東陽一は、初期の時代の空気感を描いた作品から、90年代には部落問題を扱った「橋のない川」と、息の長い監督生活を送っている。長谷川監督の「太陽を盗んだ男」は高校生の時に映画館で見ているが、後年ビデオになって見た時、菅原文太がヘリから落ちて、またすぐに立ち上がったシーンは、最初に映画館で見た時と同様に「これはダメだ!」と思った。東監督は、CMの監督もしていて、松下電器の「熱闘甲子園」(テレビ?)の制作助手をした。東監督は、BMWのバイクで現場(伊豆)に登場。実は私は、東監督がよく組んでいたカメラマンの 川上皓市 のファンで、松下のCMは別の人だったが、故市川準監督の公共広告で制作助手をした時のカメラマンが川上さんで、東監督の時よりも緊張し、おまけに移動車のオペレーターをやらされたのが懐かしい思い出である。長谷川監督の方がいろいろエピソードも豊富で、記事も多いようだが、東陽一の初期の作品の独特の空気感の方を忘れてはならない。