私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
日経新聞の私の履歴書に、ソニーの元社長の平井さんとキリンの元社長の磯崎さんが続けて連載されていた。共通点は、二人とも本流でなかったこと。だから、大胆な改革ができたと思うう。しかし、メインをいろいろ変えたり、バリエーションを増やして、会社を存続させるのは大変なことだと思う。社員はどう思っているのだろう。多角化している会社は、総合的なエンタメを目指すとか、立派なお題目を掲げているが、目の前の壮絶な生き残りの結果であるのなら、安定などせずに、この先も同じような修羅道が待ち構えているのではないか?