私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
映像プロデューサーにとって、興味の対象は広く浅い方がいい。凝りすぎない。プロになるわけではないので中途半端でも構わない。いつか実になる。急にゼロからやるよりも少しでも理解していた方が即戦力になる。 勉強する習慣をつくる。映画をみる、本を読む、重要なのは、単純にみる、読むだけではく、2次的、3次的思考を巡らせることである。具体的に自分の(映像の)仕事にどう絡ませることができるか?を考えることである。多くの人が読むベストセラーはあまり興味がない。映画も 同様である。希少性がない。流行物は、お金がかかる割には得るものが少ないと思う時がある。古い名作は、安いし、あまり誰も見ていないので勉強になる。 私が学生の頃は、ビデオがなかったので、映画を見るには映画館かテレビしかなかった。テレビで見る映画は不完全である。映画館は最新の映画を上映する映画館か、安いが数が少ない名画座しかなかった。 名作を見るにはそれなりの努力が必要であった。現在はその頃に比べて、考えられないほど簡単に安く見ることができ、種類が多く充実してる。しかし、それらの名作が最新の映像に生かされている例は少ない。人間が一生、一日に見る映像の時間には 限界があると思っている。あまりにも量が多いと惰性で流行物ばかり見て、良いものに巡り会える 可能性が少なくなると思っている。 例えば、80年代以降の香港、台湾を中心にブームになったアジア映画の名作を見る機会が少なくなった。DVDは再販されないし、動画サイトでもあまり見ることができない。特に台湾のエドワード・ヤン。今でも膨大なインスピレーションの源となる彼の映画をほとんど見ることができない。(最近「ヤンヤン 夏の思い出」が再上映された。)