私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
意外に自分の会社のことがわかっていない人が多い。私は、前の会社の取締役だった頃、毎年、決算会議があって、自分の専門以外の部署の決算書を見るのだが、ほとんど理解できなかった。もちろん誰も説明してくれなかった。コロナの時に、他の会社の人に見通しを聞いても、とても甘い見通しをしていた。一番多いのは、前年の分があるから、という返事。 部門間の業績の差が、ストレスの原因になる。そして、ある部門の暴走が会社の破滅になった例はいくらでもある。経営者が把握できなかったら分けてしまった方がいいと思う。把握できていない経営者が多すぎると思う。 前の会社で、執行役員、取締役になったが、具体的に何をするのか、誰からも教えてもらわなかった。多分、社長もわかっていなかったと思う。他の会社も全てではないが、似たようなところが多いと思う。それでも、周囲は、取締役、執行役員と持ち上げる。これは何かのプレー?