私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
自分の中で4人いる。サミュエル・ゴールドウイン(「我らが生涯最良の年」)、ダリル・F・ザナック(「史上最大の作戦」)、デビッド・O・セルズニック(「風と共に去りぬ」)、それとヒッチコック。ゴールドウインとザナックとヒッチコックは伝記が出ている。セルズニックは「風と共に去りぬ」のブルーレイのコメンタリーが面白い。映画監督は、資料が沢山あるが、プロデューサーはとても少ない。4人の共通点は、大きな冒険に挑み続けたことである。(続きます。)