私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
文学が運用の参考になるのは、さまざまな人間の思考を検証できることである。運用は人間がやるものである。(機械の参加も増えているが。) その人間が何を考えているのか?文学は、それを雄弁に語ってくれる。例えば、「カラマーゾフの兄弟」に出てくる多くの登場人物は、とにかく喋る。自分の考えを話す。人間の思考は、根本的なところでは、昔も今もそんなに変わっていないことに気付かされる。名作と呼ばれるものは、人間描写が優れている。主人公がどういう論理で物を考えているかを明らかにしようとする。そういうことを知ろうとすることは、運用の陰に隠れている、予測が難しい人間の心理を理解するのにとても役立つ。