私の周りに、山形出身で、東京で何年か修行して、山形に戻ってきて自分の店を開いた人が何人かいます。ヘアカットのCUTZの小松さん、メキシコ料理のタコス・イ・マルガリータの佐藤さん。話を聞くと、皆さん東京で何かを発見して山形に戻っています。例えば、佐藤さんは東京でメキシコ料理店で働き、タコス料理に可能性を感じたようです。①外で得られた知識をどう山形で生かすのか?他に、②山形→外、③山形→山形 ④外→外がありますが、大袈裟かもしれませんが、山形にとって①をどう生かすかが、運命の分かれ道だと思いました。
クリストファー・ノーラン(「インターステラー」)の「オッペンハイマー」は内容が完全に大人向けなのに、世界中でヒットした。2年前に世界旅行に行った時にサンパウロで観たが、公開後しばらくたっていたにもかかわらず結構お客さんが入っていた。ノーランの映画は、難解な部分があるが、全てヒットしている。スタンリー・キューブリック(「2001年宇宙の旅」)の映画も難解な部分もあるが、実はヒットが多い。彼はドル箱だったようである。アンドレイ・タルコフスキーは「惑星ソラリス」が有名だが、公開規模も小さく、ヒットしていない。しかし、若い監督と話をすると、「2001年」と「ソラリス」は同じ地平にある。作品そのものの評価だけでなく、難解なのになぜヒットしたのかを追求したい。日本もかつて松竹ヌーベルバーグ(大島渚「青春残酷物語」)など難解な映画がヒットする時代があった。80年代のイタリアの巨匠ヴィスコンテブーム(「家族の肖像」)、79年の「木靴の樹」から始まるヨーロッパのアート映画のブーム。誰でもヒットが予想できるわかりやすい映画が世の中に溢れることになると、人間の多様性への興味が失われる。